金華山登山 ~岐阜城~

      2017/09/19

2017年7月8日 猛暑

今日は、娘たちと私の3人で、岐阜市にある金華山へ登山に行きました~

とりあえず、暑いっ!!!!

いくつか登山道がありますが、子供たちとどのルートで行くか話し合った結果、馬の背登山道から行く事にしました。

ロープウェイ乗り場の近くに登山口があり、出発!

少し行くと、水手道と馬の背登山道の分岐点があり、どれだけ危険なんだろう、とワクワクしながら馬の背登山道へ進んでいきました。

こんな感じの道がずーと続き、暑さでバテそうな中すぐ近くにロープウェイが通ってるのを見て子供たちは少し元気が出たみたい!!

汗だらだらなので何回も水分補給をして、50分くらいで到着~!

頂上は、ロープウェイで来た人たちが多くいます。

何度が岐阜城へは行っているので岐阜城へは行かず、リス村に行きました。

子供たち頑張って登ったね、りすにエサをあげれて喜んでました🎵

金華山、ロープウェイも良いけど、余裕があれば自分の足で登ってみるのも楽しいですよ!!

 

少しだけ歴史に触れてみました!!

岐阜城⇒1201年(鎌倉幕府)に二階堂行政という方が金華山(稲葉山)に築いたのが岐阜城のはじまり。当時は『稲葉城』といいました。

戦国時代に、戦国大名の斉藤道三が稲葉城に目を付け、略奪。

その後、織田信長は父・信秀と長年敵対していた斉藤道三との和睦が成立し、道三の娘・濃姫と結婚。

稲葉城を岐阜城と改めて入城しました。

織田信長⇒幼少期から奇妙な行動や格好で大バカ者(今でいう不良)とみられていました。

「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」

残忍で冷酷なイメージがありますが、家臣からの信頼が篤く身分にもこだわらず庶民とも分け隔てなく仲が良かったようです。

また、周囲から裏切られた事があっても、人と交わした約束を破る事は一切なかったともいわれています。

大切な人を守るために命を懸けて生きていたこの時代、自分の強い意志をかかげて戦い続けた魂、ただの歴史の知識としてではなく今の私たちが学ぶべき物がありますね。

信長は本当の意味で平和を望んでいた、芯の強い方だったんだろうなぁと、とても魅力的です。

 

 - 登山 , , , , ,